東京の洪水を題材にした小説で、災害を想像しよう

幸田真音『大暴落 ガラ』表紙

多くの人が「東京のど真ん中で自分が災害にあうことはないだろう」と考えてしまいます。東京は多くの人が集まっていて何でもあるし、もし何かあってもいろんな人が助けに来てくれる、と。
そんなことはないのだよ、というのを、東京の水害を題材にして提示してくれている小説が出ました。
幸田真音さんの『大暴落 ガラ』です。

中央公論新社 1,836円

主人公は、初の女性総理大臣。就任し、まだ組閣も終わっていない時に、荒川上流の埼玉県秩父地方を凄まじい集中豪雨が襲います。その上、南海では台風が2つ同時に発生して日本に向かっています。ところが東京は快晴。東京の人は誰しも「もうすぐ大洪水が東京を襲うかもしれない」などと言われても空を見つめて「何をまた大げさな……」などと言うばかりです。これは大臣たちも同じ。新総理大臣は、国家を上げた緊急事態を宣言しようとするのですが、閣僚たちはこれを鼻で笑います。緊急事態の宣言なんて前例がないし、もし宣言すれば公共交通機関や会社や学校を強制的に閉めることになるのです。特に経済産業大臣は強硬に反対します。日常生活の突然の強制終了は、都民の社会生活や経済活動にどれほどの影響をあたえるか、計り知れないものがあるというのです。

結局、緊急事態宣言は出されたのですが夜中になってから。もうすでに多くの人が寝静まってからになってしまったのです。

そうこうしているうちに、当初の予測はあたり、夜中の3時34分に赤羽駅と川口駅の間の京浜東北線の鉄橋付近の堤防が決壊して、見る見るうちに真っ黒い水が東京を襲います。

一度川から出た水は、東京の地下鉄網にストローで吸い上げられるように入っていき、あっという間に都心を水で埋め尽くします。

これは、国土交通省が発表しているシミュレーション動画の通りです。

フィクションドキュメンタリー「荒川氾濫」(1/2)

フィクションドキュメンタリー「荒川氾濫」(2/2)

登場人物の一人は夜中まで自宅の二階でヘッドフォンをして集中して翻訳の作業をしています。やっと完成してヘッドフォンを取ると異様な音がする。一階に降りると轟々と水が押し寄せてきて、そのままたまたま巡回していた救助隊に救助されて避難所に連れて行かれてしまいます。その時この翻訳家は、自分の身体の安全なんかよりもまず、二階のコンピューターの中に残してきた翻訳の完成データの方を心配してしまうのです。

ああ、きっと自分もこうだ。

災害には事前に予測できて準備ができるものと、そうではないものがあります。水害は事前に予測できる災害です。集中豪雨のような事前の事態がなくていきなり堤防が決壊するというようなことはないからです。一方で、地震などは事前の予測ができません。政府の防災対策では「タイムライン」といって、「この川の上流でこのくらいの雨が降ったら、何時間でこうなる、その際にはこういう手を打つ」というシナリオを事前に組み立て、想定訓練もしています。でもこの小説のように、いくら上流で集中豪雨がすごいと報道されても、自分のところが豪雨でなければ所詮は他人事。「あなたが危ない」といくら警鐘が鳴らされても「まさか自分が東京の真ん中で被災なんかするわけがない」と思ってしまいます。被災した瞬間は事態が飲み込めず、命の危険が迫っているのに仕事のことを心配したりしてしまいます。

東京に住む人にとって、この小説『大暴落 ガラ』は、いざ被災したらどうするのかを考えさせる良い小説だと思います。

是非どうぞ!

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